人類は歩くことで進化してきた:高齢期こそ、その恩恵を
最近、「人体600万年史」という興味深い本を読み進めております。この場で本の詳しい内容をご紹介するわけではなく、読みながらふと心に浮かんだこと、深く共感したことを少しばかり書き留めてみたいと思います。 私たち人類は、気の遠くなるような数百万年という歳月を経て、二本の足で大地に立ち、歩くことを身につけました。そして、この「歩く」という行為を通じて、驚くべき進化を遂げてきたのです。今日私たちが持つこの身体、そして考える力を持つこの脳も、歩くことによって育まれてきたと言っても、決して過言ではないでしょう。 考えてみれば、物心ついた頃から私たちは歩き、時には駆け出してきました。それはあまりにも自然で、当たり前のこととして、これまで特に疑問に思うことすらありませんでした。歩くこと、走ること。これらは、人間にとって最も基本的な動作なのですね。 若い頃、野山を駆け巡った経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。私も高校生の頃、一流の選手ではありませんでしたが、走ることは好きでした。特に、木々の間を縫って走るクロスカントリーでは、まるで自分が自然の一部になったような、野生に還ったような感覚を味わったものです。アスファルトの上を走るのとは違う、地面を蹴る感触や風を切る爽快さは、今でも鮮明に思い出されます。もしかすると、そうした太古からの記憶が、私たちの体の奥深くに刻まれているのかもしれません。 歩くのを億劫がる現在 しかし、現代社会に目を向けてみると、どうでしょうか。歩くことで進化してきたはずの人類が、いつの間にか歩くことを億劫がり、便利な車や乗り物に頼り切ってしまっている姿を多く見かけます。このまま歩くことから遠ざかってしまえば、私たちの 進化の方向性までもが変わってしまう のではないか…そんな一抹の不安を感じずにはいられません。その変化が良いものか、そうでないのかは、未来になってみなければ誰にも分かりません。 そして、 特に私たちのような年齢を重ねた者にとって、この「歩く」という行為の重要性は、決して忘れてはならない と強く感じています。若い頃のように速く走ったり、長時間歩き続けたりすることは難しくなるかもしれません。しかし、 自らの足でしっかりと地面を踏みしめ、一歩一歩前に進むこと。この基本的な動作こそが、私たちの心と体の健康を維持するために、絶対に...