加工現場での「検算」、今なお必要か?

加工現場での「検算」、今なお必要か?

        ~経験者が語るNC加工と座標値~

皆さま、こんにちは。

今回は、私が長年携わってきた金属加工の現場での経験から、少しお話しさせていただきたいと思います。テーマは、「検算」、つまり数値を確認することの必要性についてです。特に、近年の高性能なNC(数値制御)加工機において、この「検算」が 今なお意味を持つのかどうか、私の考えを述べさせてください。

ご存知の通り、NC工作機械は、基本的に「座標値」に基づいて正確に動きます。汎用的なマシニングセンターやボール盤では、平面(X, Y軸)の座標を先に求め、後から深さ(Z軸)を加えることが多いですね。一方、NC旋盤は平面上の座標値だけで加工を進めることができます。

最近の複合加工機や五軸加工機などは、人間の頭の中で瞬時に全ての座標を計算するのは非常に難しいです。関数電卓を使えば、瞬間的な座標を何とか求めることも不可能ではありませんが、基本的には「いかにして座標値を求めるか」という点に尽きると言えます。

加工の本質は座標値だけにあらず

しかし、金属などの加工において、座標値が分かれば全て解決、というわけでは決してありません。加工現場には、座標値の計算以外にも、実に多様な知識と経験が求められます。

例えば、

  • 使う「工具の種類」に関する知識
  • 加工する「材料」の性質を理解すること
  • 最適な「切削速度」を見極める力
  • 長年の経験に基づいた「送りの速さ」の感覚
  • 削っている最中に発生する「ビビリ」への対処法
  • 求められる「面粗度」を実現する技術
  • 図面に示された「公差・形状公差」を出す精度
  • 加工物をしっかりと固定する「ワーククランプ」の知識

などなど、挙げればきりがありません。現場での加工技術というのは、カタログや教科書に載っている基本的なデータを起点としつつ、実際に手を動かし、経験を重ねる中で自分の中に積み上げていくものです。作業者一人ひとりが持つ経験値が異なるのは、そのためです。昔風に言えば、まさに「職人技」と言えるでしょう。

昔と今の機械、そして「定量化」の始まり

最近の工作機械は、ある程度こうした経験値を「内蔵」しているかのように、初心者でもある程度は加工できるように製造されています。

私が初めて加工現場に出た頃は、旋盤やフライス盤、ボール盤といった機械を使って、回転の速さや削っている時の音、振動などを「目視」や「感覚」で判断しながら加工していました。工学的な言葉で言うと、加工の状態を「定性的には分かっている」けれど、「定量的に、つまり数字で答えられない」という状態だったのです。

そんな現場に初期のNC機が導入された時、何が一番困ったかというと、機械が動くために「回転数」や「送り」といった情報を「数字」で示さなければならなかったことです。だからこそ、「数値制御」なのですね。それまでの曖昧な、定性的な状態を、一つ一つ定量的な数字に置き換えていくのが、NC導入後の最初の重要な仕事でした。

そうすることで、例えば新しく現場に入ってきた人も、マニュアルを見れば作業を進められるようになり、技術伝承の形も変わっていきました。

自動化の進歩と「ブラックボックス」への不安

最近の工作機械はさらに進化しています。基本的な知識さえあれば、複雑な形状の加工もこなせますし、何万行にもなるようなNCプログラムも、機械の内部でマクロ機能などを使って自動的に展開してくれるものが多くなりました。一行ずつ自分でプログラムを作成し、シミュレーションするよりも、機械に任せた方が安心で安全だと感じる場面が増えました。衝突の可能性も低く、思いがけない刃物の「喰い込み」も少なくなりました。

しかし、ここで一つ、私の心の中にあった不安がありました。それは、「座標を機械任せで大丈夫なのか?」という点です。

初期の頃は、図面上の座標値と、工具が辿るべき軌跡の座標値を全て自分で計算して求めていました。それが、マクロ機能が追加され、「対話型」と呼ばれるNC機が登場すると、必要最小限の数字を入力するだけで、加工途中の様々な座標値を機械が自動で計算してくれるようになったのです。対話型と言っても、言葉で話すわけではなく、CRT画面に表示される入力フォーマットに答える形で情報を入れる 形式です。座標値の計算にかかる労力が大幅に減り、大変ありがたかったのを覚えています。

ただ、このマクロ機能というのは、ある種「ブラックボックス」です。入力値を与えれば、必ず出力(動く座標)が得られます。その出力は、機械メーカーが責任を持ってチェックしているはずですし、基本的には大丈夫なはずです。しかし、プログラムである以上、予期せぬ「バグ」が潜んでいる可能性もゼロではありません。それが、正直怖かったのです。実際に機械を動かしてみて初めて分かる、ということもあり得ますから。

馬鹿な話かもしれませんが、その「ブラックボックス」をチェックするため、特に重要だと思われる座標だけは、確認のために自分の手で計算し、「検算」をしたものです。

検算が不良率を下げた経験

現役で仕事をしていた時、この「検算」といいますか、座標値を求める基礎知識を持っていたおかげで、不良率を相当下げることができたと自負しております。シミュレーターが普及した今でも、完全に機械や装置に任せきりで加工する作業者の方も見受けられますが、たまに、加工が終わって機械が止まったら「不良品ができていた」という例を見るにつけ、やはり基本的な確認は大切だと感じます。大抵の場合、不良の原因は、工程の開始時や終了時における予期せぬ機械の動きでの喰い込みや、最初に機械に入力した数値の間違いであることが多いように思います。

今こそ、基本的な座標の出し方を

もちろん、最新のNC機は非常に賢く、便利な機能がたくさんあります。しかし、私自身の経験からも、そして時折見かける不良の事例からも思うのは、機械任せにするだけでなく、加工に携わる者として、最低限の「座標値の求め方」を知っておくことは、決して無駄ではないということです。

もしよろしければ、皆さんもご自身の現場で、あるいは学習の一環として、必要最小限の座標値を関数電卓などを使って求めてみることから始めてみてはいかがでしょうか。機械の動きの裏にある原理を理解することは、トラブルを未然に防ぎ、より質の高い加工へと繋がると、私は信じています。

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